-total eclipse-書架

FTM作家・結州桜二郎(ゆいすおうじろう)の小説ブログ。

皆既日蝕⑩

翌日、八月七日。ラテの狂犬病予防接種を前々から予定していたので、美結の実家に車を借りに行った。まだ和解も出来ておらず、僕の鬱状態が酷かったので、実家には上がらずに義母に玄関先で挨拶だけして掛かりつけの動物病院まで夫婦で向かった。
 狂犬病予防接種とフィラリア予防薬を処方され、すぐに診療は終わったのだが、午後一番で美容院の予約を取ったので、一度ラテを家に置いてから隣駅まで車で送ってほしいと突如言われた。車は実家の車庫に戻して鍵はポストに入れておけば大丈夫だから、と。確かに時間効率的にも交通費の面でもその方が良い事は歴然だったので、僕は快諾した。そして美結を駅前で降ろし、美結の実家まで直帰して自宅へと戻った。美容院でかかる時間なんてたかが知れている。夕刻には家に帰って来るだろう。そう思っていた。
 午後二時過ぎ頃、四日の日に会った幼馴染みのアカネちゃんがその後どうなったのか心配しているので、このまま最寄駅で落ち合ってちょっとお茶をしてくると連絡が入った。そして夕方六時頃には、義母の具合が悪いので面倒を診るから今夜は泊りがけになる、といった内容のメッセージが来た。今朝挨拶をした時には元気な様子だったし、持病は特にないので疑心暗鬼になったが、ここでまた執拗に電話を掛けたりしたら神経を逆撫でてしまうだけだと思い、必死で我慢をした。
 また酒を飲み、友人と連絡を取りながら気を紛らわして平常心を保とうとした。疑り深い性分を捩じ伏せ、美結を信じよう、そう思った。日付が変わり午前一時を回った。酔いが覚めたので睡眠導入剤を服用し無理矢理眠りに就いた。

 明くる朝、八月八日。午前十時頃、『お母さんの具合はどう?』とメッセージを送るとすぐに返信が来た。これから姉と一緒に病院へ連れて行くので帰るのは昼過ぎになるとの内容だった。僕は自己暗示をかけるかのようにして美結を信じていたので、『分かった。しっかりお母さんの面倒を看てあげてね』と返信し、極力スマートフォンをいじらないようにして、ラテと遊んだり家事をするなどして午前中を過ごした。午後になっても一向に連絡がなく不安感がほとばしるように心臓を貫いたが、それでも僕はスマートフォンに触れないようにしていた。これ以上心を掻き乱されたくないという一種の防衛本能がそこには働いていたのかもしれない。
 やがて太陽が姿を潜め始め、時計を見ると午後四時半をちょうど過ぎたところであった。さすがに何かがおかしい、そう察した僕を未だ嘗てない壮絶な不安感が襲った。最後に連絡が来てから約六時間。本来ならこの日は二人で市内の七夕祭に出掛けようと約束をしていたということもあり、我慢が限界に達した僕は立て続けに電話を掛けた。四日の晩と同じく、やはり何度掛けても出なかった。僕は手元にあった抗不安薬を四錠服用した。毎食後一錠の処方で既にこの日は朝昼と服用済みだったのでオーバードースである。薬が効き始め気丈になった僕は、祭に行くという前提で甚平に着替えた。夕刻の生暖かく纏わり付くような大気がじんわりと僕の背中を汗で濡らし、一昨日の夜に飛び降り自殺を謀ろうとした急勾配の階段のフェンスを尻目に、早歩きで美結の実家へと向かった。

 

 

 

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