-total eclipse-書架

FTM作家・結州桜二郎(ゆいすおうじろう)の小説ブログ。

皆既日蝕⑥ 

この様に友達と出掛けているという状況下でしつこく連絡が来ると、いくら心配されているのが分かっていても、疎ましく感じるのは当然の心理であり、実際に自分が逆の立場であったとしたらきっと途中から無視をすることだろう。だが、僕は自分がされて嫌なことを、病的な支配欲と抑鬱による心細さから平然とやってのけた。酔っ払っていたからという理由で済まされる問題ではない。

 リビングのソファーでうたた寝をしてしまっていたが、朝方になってはっと目覚めた。始発の時間をとうに過ぎている。しかし、まだ帰って来るとの連絡は来ていない。結局午前十時過ぎ頃まで連絡がつかず、美結が家に帰ってきた時には正午を回っていた。
 今からバスに乗ると連絡が入ったので、バス停まで迎えに行き到着を待っていた。やがて車通りの少ないひっそりとした道路の彼方にバスが現れ、こちらに向かってゆっくりと進んで来た。車内の一番後ろの座席に座っている美結の姿を見つけた。しかし、実家の近所に住んでいる筈の友達が乗っていない。美結は一人で帰ってきたのだ。バスから降りた美結は無表情な顔付きで無言のまま僕の元へと歩いてきた。昨日出掛ける時に左薬指に嵌めていた結婚指輪が外されていることに、僕はすぐに気が付いてしまった。納得がいかなかったので、家に着くなり真っ先に美結を責めた。
「始発で帰ってくる約束だったのに、なんで昼過ぎまで帰って来れなかったんだよ。一人でバスに乗ってたけど本当にアカネちゃんと二人で居たの?」
美結は最初憔悴した表情でぼうっと一点を見詰めていたが、詰問し続ける僕に突如怒りの言葉をぶつけてきた。
「私のこと信用してないの?昨日何回私に連絡したかわかってる?私は昼間だろうが夜中だろうが悠二が遊びに行ってる時にしつこく連絡したことなんてないよね。私が心配してなかったとでも思ってるの?」
確かに言われてみればそうだ。美結は僕が友達や家族に会いに出掛けている間は必要最低限の連絡しかしてこない。本当は一人で不安と闘っていたのに優しさと配慮から連絡を控えてくれていたのだと、その時初めて気が付いた。しかし、昼まで帰って来なかったことに対して「心配かけてごめん」の一言がなかったことに怒りを煽られ、反撃に出てしまった。
「指輪はどうしたの?昨日出掛ける時してたよね?指輪してたら何か不都合なことでもあった?」
「酔っ払って失くしたら困るから外してしまっておいた」
美結は呆れたような表情で深い溜息を吐き、こう続けた。
「実は私が頼んだんだ。家に帰りたくないから朝まで一緒に居てって。アカネは仕事があるから八時頃解散したけど、その後はずっとマックに一人で居た」
僕はあまりの衝撃に一瞬言葉を失ったが、自分で思い当たる非を認め素直に謝り、食い下がった。
「しつこく連絡しちゃったからだよね。本当にごめん。一人で過ごすことが久しぶりだったし、美結に何かあったらどうしようって心配で……。ごめん。もうしないから」
謝る僕を見ようともせず、美結はひたすらに黙り込む。そして、長い沈黙を切り裂きこう切り出した。
「実はさ、言いたいことがあるんだ」
普段見せることのない神妙な面持ちを見るにつけ鳥肌が立つ程の恐怖心に襲われたが、僕は必死で気丈に振る舞い一呼吸してから訊いた。
「何?どうした?」
またしばらく沈黙が続く。灼き付くような陽射しがレースのカーテン越しに照りつけ、冷房をつけているにも拘わらず、僕は全身にびっしょりと嫌な汗をかいていた。美結がゆっくりと口を開く。
「子供のことなんだけどさ。要らないって散々言ってきたけどやっぱり欲しくなってきた。ラテちゃん育てていると苦しい。子供の代わりにと思ってたけど、こんなのやっぱり違うよ」
全く予想をしていなかった言葉だった。ラテを迎え入れて一ヶ月半が経ち、それまでの夫婦二人きりの生活から協力し合いながら子犬を育てる生活となり、僕たちの関係性は家族のようになりつつあった。そんな日々を僕は幸せだと思っていたし、美結もきっと同じ気持ちでいるだろうと信じていた。そして何より鬱状態の僕は、ラテが居てくれることで癒されていた。仕事の悩み、美結に対する不満等もあったが、家庭が在るという充足感が僕の生きる原動力となっていた。僕はしばらく考え込んでから、こう返した。
「じゃあ、手段は一つしかないよね。詳しく調べてみるから一緒に頑張ろう」
美結は何も答えず、黙り込んだまま俯いていた。

 


 

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