-total eclipse-書架

FTM作家・結州桜二郎(ゆいすおうじろう)の小説ブログ。

皆既日蝕

皆既日蝕⑪

実家に到着し、インターホンを鳴らした。美結の実家は二世帯住まいなのだが、すぐに義祖母が出てきて驚いた様子でこう言った。 「あら、どうしたの」 いくら一階と二階で別々で暮らしているからと言ってこのリアクションはおかしい。すぐに察知したが僕は平…

皆既日蝕⑩

翌日、八月七日。ラテの狂犬病予防接種を前々から予定していたので、美結の実家に車を借りに行った。まだ和解も出来ておらず、僕の鬱状態が酷かったので、実家には上がらずに義母に玄関先で挨拶だけして掛かりつけの動物病院まで夫婦で向かった。 狂犬病予防…

皆既日蝕⑨

その後、二人共に心神耗弱状態となり、昼食も摂らず美結はソファーに凭れ掛け、僕はウォークインクローゼットの隅でしゃがみ込み頭を抱えていた。閉ざされた小部屋の中、猛暑の熱気が気怠さを煽り、より一層僕の思考を鈍らせる。 何時間そのような時を過ごし…

皆既日蝕⑧

翌日、八月六日。この日は久しぶりに出勤をしなければならない日だったので、朝七時に起床し八時には家を出て片道一時間半かかる勤務地まで向かった。すると、満員電車に揺られている最中に美結からメッセージが送られて来た。『今日からしばらく実家に帰り…

皆既日蝕⑦

僕たち夫婦には周囲に秘密にしていることがあった。僕たちは子供を設けることが出来ないという問題を抱えていたのだ。それは、僕の身体的な問題――実は僕は性同一性障害で、出生時の性別は女性であった。美結と出会う以前に性別適合手術を受け男性に戸籍変更…

皆既日蝕⑥ 

この様に友達と出掛けているという状況下でしつこく連絡が来ると、いくら心配されているのが分かっていても、疎ましく感じるのは当然の心理であり、実際に自分が逆の立場であったとしたらきっと途中から無視をすることだろう。だが、僕は自分がされて嫌なこ…

皆既日蝕⑤

第三章 迎えた実務体験の日。八月四日。この日から悪夢は始まる。 昼過ぎから先方との約束となっていたのだが、それが終わったら久しく会っていない幼馴染みの子と飲みに行ってくると出掛け際に告げられた。話によると、仕事のことでその子が悩んでいるよう…

皆既日蝕④

転職先が決まってからの僕の行動は早かった。まずは料理長を始めとする社員に退職したい旨を伝え、その後社長に大事な話があるから近々時間を作ってもらえないかとメールをした。しかし、一日待っても返信がなくはぐらかされていると覚ったので、一方的に有…

皆既日蝕③

第二章 美結との婚約後、居酒屋チェーン勤務の昼夜逆転の生活では今後の夫婦生活に支障をきたし兼ねないのではと危惧した僕は、タイ食材輸入卸業社が経営するタイ料理店に転職し勤務をしていた。店長という役職すら与えられてはいなかったものの、ホール責任…

皆既日蝕②

饂飩が好きだと前に聞いていたので、富士吉田の人気店に赴いたがお盆期間中だったこともあり、生憎店は休みだった。 「ちゃんと調べてから来れば良かった。ごめんね」 「全然良いよ。ドライブしてるだけで十分楽しいし」 美結は笑顔でそう言ってくれた。敢え…

皆既日蝕①

幾千もの流れ星のように乱反射した陽光が群青の空から降り注ぎ、嚆矢の如く心臓を貫いた。幸福だった筈の僕は突如地獄の底へと墜落していったのだ。仮初めの太陽は消失し、僕の両目から光を奪った。そして一つの悟りを与えたのだ。この世に存在する真実は一…