-total eclipse-書架

FTM作家・結州桜二郎(ゆいすおうじろう)の小説ブログ。

皆既日蝕④

転職先が決まってからの僕の行動は早かった。まずは料理長を始めとする社員に退職したい旨を伝え、その後社長に大事な話があるから近々時間を作ってもらえないかとメールをした。しかし、一日待っても返信がなくはぐらかされていると覚ったので、一方的に有休消化の後八月十五日付けで退職すると意志表明のメールを送った。そして、直後に退職届を郵送で本社宛に送りつけた。
 現場の意見としては、いくら一ヶ月半前だとはいえ急過ぎる、もっと先延ばしには出来ないのか、せめて後任者を採用してから引継が完了するまでの間は居てほしい。そのようなことを繰り返し言われたが、社長からの僕宛のレスポンスが一切なく、全て料理長を介してのやりとりだった為、僕は怒りに心を支配され、全く聞く耳を持とうとしなかった。労働基準法の定めによれば、辞職は十四日以上前に申し出れば可能で、退職は個人の自由である。一ヶ月半も前に申し出ているのだからそれまでに後釜を見つけるよう努めることは事業主の義務であって、自分が責められる理由が見当たらなかった。責めるのなら僕ではなく、この事態を招いた張本人である社長を責めて下さいと伝えた。
 結果として一悶着あったものの僕の意見が通り、希望通り八月十五日付けで退職することになった。有給休暇が十七日残っており、公休が本来ならば八日なので、七月後半から八月の退職の日までの僕の通算の休日日数は二十五日。本来なら先に六日間働いてしまって残りを療養を兼ねた休暇に充てたいところではあったが、現場の人手不足を考慮して飛び飛びで出勤するということでこちら側が譲歩し決着がついた。


 以上のような経緯で次の仕事が始まるまで、久しぶりの閑暇を過ごすこととなった。それまで休みは週一日で、毎日朝から終電まで働きづくめだった僕にとってこの休暇は、療養と長きに渡り蓄積されてきた憂さを晴らす為の貴重な期間であった。美結と愛犬のラテと三人でゆっくりと日々を過ごすことで、僕の病状は次第に快方に向かいつつあった。

 結婚記念日が過ぎ七月も終わりに差し掛かった或る日、パート先のシフトの組み方に不満を抱いていた美結が、転職して正社員として働きたいと突如話を持ち掛けてきた。まだ子犬であるラテの世話のこともあったので当初僕は難色を示したのだが、美結が見つけてきた求人情報の中に、募集要項に記載されていた条件が僕たちのライフサイクルにぴたりと当て嵌まるものが一件あった。
「ここならラテの世話や散歩も分担しながらやって行けそうだね」
僕は全力で応援しようと心に決めた。
 一次選考の書類審査を無事通過した美結はその翌々日、早速面接を受けることとなった。僕たちは早速二人で面接の対策を練った。僕は職場でアルバイトの採用面接を任されていたということもあり、採用したいと思われる第一印象、言葉遣いや仕草等、異業種ではあるがシミレーションすることが出来た。
 面接では僕のアドバイス通りの人格を演じきれたようで、美結は見事に一次面接に受かった。先方の意向としては本来ならば経験者を採用したかったらしいが、美結の人柄を気に入ったとのことで、後日現場で実務を体験してみてからお互い合意の上で雇用契約を結ぼうということになったとの報告を受けた。

 

 

 

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